金津流獅子躍は、宮城県志田郡松山町・旧次橋村の犬飼清蔵長明によって遠山久左衛門が岩手県江刺市・旧石関村の小原吉郎次に伝授、文政11年(1828)その石関から栗生沢(現・梁川獅子躍)に伝えられて以来、連綿として今日に受け継がれています。
これまでの長い年月の中に、躍り組の誕生と中断・廃絶が繰り返されてきましたが、「平成の星」となるべく軽石、浦浜、松山が復活の炎を立たせました。
それは、金津流獅子躍の輝かしい歴史と伝統、優れた芸能と組織性を物語る素晴らしさにほかなりません。
そうした金津流獅子躍のさらなる発展を望んで、平成10年1月24日、初代中立・菊池太蔵を始祖とする梁川獅子躍を宗家とし、その流れをくむ、梁川第一別家の伊手獅子躍(岩手県奥州市江刺区伊手)、軽石獅子躍(岩手県奥州市江刺区広瀬)、浦浜獅子躍(岩手県大船渡市三陸町)、松山獅子躍(宮城県志田郡松山町)の五団体が大同結集し、奥州金津流獅子躍連合会(略称:奥州金津連)を結成しました。
会員相互の交流を深めながら、心と技を磨き合う獅子集団を目指し、金津流の優れた芸能の統一的保存・継承を中心課題として、原型の習得、始祖・菊池太蔵祭開催と五団体競演、後継者の養成に取り組んでおります。

平成18年10月22日、宗家 平野幸男庭元宅(奥州市江刺区梁川)にて第11回「始祖・菊池太蔵祭」が開催されました。
この祭りは、梁川に獅子躍が伝えられて、一番最初の中立である菊池太蔵を祀る祭り。金津流梁川獅子躍庭元、平野幸男宅の庭で毎年行われております。始めに菊池太蔵の石碑の前で「三光の儀」を行い、その後、演目披露となります。
本家である梁川をはじめ、奥州金津連5団体(梁川、伊手、軽石、浦浜、松山)が一堂に介し、金津流6演目と言われる、礼庭、島霧、霧返し、鉄砲、雌獅子隠し、案山子の中から、それぞれの踊り組が1演目ずつ順々に披露していきます。
また、梁川2区こども獅子躍と、江刺南中学校の生徒による若さ溢れる礼庭も披露され、観客を大いに沸かせました。

金津本流の伝統を継承する躍組岩手県奥州市江刺区梁川

岩手県奥州市江刺区伊手曽木田

岩手県奥州市江刺区広瀬軽石

岩手県大船渡市三陸町越喜来浦浜

宮城県大崎市松山(旧次橋村)